しばらく日差しがありませんねぇ〜

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    おおお〜いぃぃ〜

     

    なんだか秋が仕事サボっていますね。

     

    初冬の気温で体調は崩されていませんでしょうか?

     

    ・・・と思えば台風21号ちゃんがご挨拶に来られるようで・・・

     

    軽めにしていただきたいですが・・・

     

    ところで

     

    私の馴染みの路線といえば・・・中央西線なのです。

     

    母の故郷が信州伊那谷でしたので、もちろん飯田線もです。

     

     

    まだキハ181時代は塩尻駅でスイッチバックだったのですよ。

     

     

    やがてこちらの381系振り子式から現在に・・・

    母はこの車両に弱かったな・・・

     

     

    飯田線には色は違えどこの子が走っておりましたねぇ〜

     

    実は豊橋から伊那市へ行く時にはあの秘境駅「小和田」で抑止を食らったのもいい想い出です。

     

    その時は165系の急行「伊那」でしたけど・・・

     

     

     

    どうぞ台風の進路に当たる地方の皆様

     

    充分お気を付けください。

     

    「お前もな!!」と突っ込まれそうですけど・・・(笑)

     

     


    胸のエンジン再点火(最終回)

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      「胸のエンジン再点火」最終回です。今回も文章多めでごめんなさい。

       

       

      2回目の挫折の後も、長いこと残り火はくすぶっていました。
      その後も鉄道を利用する度に列車の運転席に目をやるわけですが、
      私より若い運転士さん達が颯爽と活躍する姿が目に入ってきます。
      そんな時「どうして自分はダメだったのかなあ。うらやましいなあ。」
      と思う自分が必ずそこにはいたのです。再度激しく燃え上がった思いは、
      そう簡単に消すことはできなかったのですね。「電車でGO!」も
      碓氷峠通いも相変わらず大好きなままでした。

       

      そしてそれからまた約10年、ついに「青天の霹靂」が起こったのです。
      訓練費自己負担運転士養成制度がいすみ鉄道で始まったのです。
      かつて2回も恋い焦がれて2回も夢破れた運転士になる大チャンス!
      今回はかつて私を苦しめた、あの年齢制限も存在しないというのです。
      「三度目の正直に挑戦しないか?」と言わんばかりのいすみ鉄道の誘いは
      私の心を大きく揺さぶりました。20年以上頑張ってきた教職を続けるか?
      転職の道を選ぶか?

       

      やっぱり迷いましたが一度きりの人生です。後悔しないのはどちらなのか
      天秤にかけたら、やっぱり運転士になりたい気持ちが勝ったのでした。
      そして2013年の春、私はいすみ鉄道の門を叩いたのです。
      国家試験に向けて学科の勉強と実技の訓練を1年3ヶ月積み、合格後は
      JR出向の教導運転士さんの指導の下、半年間訓練乗務を続けました。

       

      ここで私を支えてくれたのも、エンジンを再点火してくれた二つの出会い。
      訓練中、EF63の運転体験で身につけた知識や技能はとても役立ちましたし、
      アパートの部屋に飾った「電車でGO!」のポスターは、うまくなろうと
      努力を重ねた日々を思い起こさせ、毎日私に元気と勇気をくれました。
      最後の教え子達からの手紙にも励まされ、私は夢の実現に向けて全力で
      突き進むことができたのです。

       

      そして2015年新春、齢46になる一月前、ついに運転士として独り立ち。
      長い長い回り道はしましたけど、列車の運転士になるという夢はついに
      実現したのです。お客さんの笑顔のために運転を頑張れる自分になれて
      本当に嬉しかったです。その後新たな訓練も経て、今春からは国鉄形車両への
      乗務もできるようになりました。今はただ、私の夢の実現を励まし後押しして
      下さった全ての方に感謝したい気持ちでいっぱいです。
      これからもお客様の命を預かる責任を自覚し、安全運転に努め、運転士として
      誠実に頑張り続けていくことで恩返しをしたいと思っています。


      ちなみに、いすみ鉄道の前身は国鉄木原線。私のお師匠はみな元国鉄マン。
      そしていすみ鉄道のキハは「特(に)急(がない)列車」です。
      「国鉄の路線で国鉄の先輩方の指導を受け国鉄形の特急を走らせる」ことが
      できるようになった訳ですから、名実ともに小学校の卒業文集に書いた
      「国鉄の特急列車の運転士」になることができたと言えるでしょう(笑)。
      夢を育んで下さったEF63の教官の皆さんも元国鉄マンですしね。

       

                              36年前の卒業文集に記した将来の夢

       

       

      もしも自分がゲーマー兼の鉄道マニアでなかったら、好きなものにとことん
      のめり込む性格でなかったら、「電車でGO!」とEF63の運転体験に出会うことも、
      情熱全開で熱中することもなかったかも知れません。運転士になりたい気持ちが
      再び燃え上がることもなく、また別の人生を送っていたかも知れません。
      二つの運命的な出会いに感謝したいと思います。年齢制限という名の
      ラスボス(笑)を葬り去ってくれた鳥塚社長にももちろん大感謝です。


            ファミ通「おた博」にも載せて頂きました。ありがとうございます。

       

       

      20年前、何気なくレンズを向けていた飯山線のキハ52・28の列車。
      20年後、千葉でそれと同じ編成の列車の運転台に座ることになるなんて
      当時は微塵も思っていなかった訳ですから、人生って分からないものですね。

       

       初代「電車でGO!」で初めて”運転”したのもキハ28/58系でした。やっぱり運命を感じますね。

       

       

      40代後半で小さい頃からの夢を叶えることができた今、つくづく思います。
      好きなことに熱中するって、とても素敵で尊いことだと。
      好きなことに熱中するのに、年齢は関係ないと。
      好きなことに熱中していると、いつかチャンスの順番が巡ってくると。
      好きなことへの熱中は、人生のポイントをも切り替えるんだと。

       

      ♫チャンスの順番 次は君に来る どんなに負けてても今度は勝ちにゆこう
       諦めなければ夢は叶うんだ ずっと頑張ってきた君の努力報われるように
                                            (AKB48「チャンスの順番」より )

       

      今夢を追いかけている皆さんにとっても、自分の体験が何かのヒントに
      なれば幸いです。最後までおつきあい下さりありがとうございました。

       

      (神謝神激振り返りナイト楽しかったです〜。ナベちゃん運転士でした。)


      胸のエンジン再点火(その2)

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        こんにちは、ナベちゃん運転士です。前回の続きをお送りします。

        長くなりますがご容赦ください。

        (今日は鉄道の日ですね。路子チーフ、お誕生日おめでとうございます。)

         

         

        胸のエンジンに火をつけたもう一つの出会い、それは碓氷峠鉄道文化むらの
        EF63の運転体験です。電車でGO!全盛の1997年、北陸新幹線の開業で
        碓氷峠の在来線は廃止となりました。でも、その文化を語り継ぐ施設として
        碓氷峠鉄道文化むらが開園したのです。案内チラシを見てビックリ、
        何とそこでは碓氷峠で活躍した本物のEF63形電気機関車を体験運転できると
        書いてあるではありませんか。

         

         碓氷峠鉄道文化むらのHPはこちら→http://www.usuitouge.com/bunkamura/

         

        「電車でGO!」の登場により私の運転士への情熱は再度ヒートアップ。
        そこへ今度は実物の電気機関車が運転できると言われたら、挑戦せずには
        いられません。早速申し込んで、碓氷峠にすっ飛んでいって、講習を受けて、
        筆記試験をクリアして、園内での運転資格をゲットして、次の日には
        EF63の運転台に座っていました(笑)。

         

         

        EF63を長年実際に運転されていたOB教官の方から指導を受けながら、
        パンタグラフ上げ・通電試験・ノッチテスト・各種ブレーキ試験など
        数々の点検をこなし、いよいよ発車の時を迎えます。
        ブレーキを緩め、マスコンのノッチを一段上げると、私の運転する
        EF63が二条の鉄路の上をゆっくりと動き始めました。その感動も
        忘れることは出来ません。今まさに目の前を流れている風景は
        CGではなく、自分の操作によって描き出された現実なのです。
        頬の筋肉が緩んで自然に笑みがこぼれてきてしまったのを覚えています。

         

         

        108tもの重量がある本物のEF63形電気機関車を自分で操って、勾配を
        力強く登っていく爽快感、機器を適切に操作して停止位置にピッタリ
        停めるまでの緊張感に私はすっかり心を奪われてしまいました。
        当時住んでいた諏訪から碓氷峠までは車で2時間以上かかる道のり。
        でも、そんな苦労もEF63を運転できる喜びに比べたら微々たるものです。
        1回あたりわずか30分ほどの体験時間ですが、その間だけは、まさに
        夢だった「運転士」になることができるのです。その後もせっせと
        碓氷峠に通い、気がついたら47回も体験してしまっていました。

         


        さて、本物の電気機関車を運転して運転士になるという夢もかない、
        めでたしめでたし。…とはならないのが私のあきらめの悪い所。
        「電車でGO!」の衝撃に続くEF63の運転体験はあまりにも刺激的で
        胸のエンジンは完全にヒートアップ、ついに転職まで考え始めて
        しまった自分がそこにはいたのです。

         

        小さい頃私が抱いた「国鉄の特急列車の運転士になりたい」という夢は、
        「乗っているお客さんを喜ばせてあげたい」という動機から来ていました。
        でも、電車でGO!やEF63の体験運転がいくら上手くなっても、私の後に
        喜んでくれるお客さんは一人も乗っていないのです。嬉しいのは自分だけ…。
        私はそれでは満足できませんでした。そして今度こそ、小さい頃抱いた夢を
        本当の意味で叶えたいと真剣に思ったのです。
        「やっぱり、今からでも本職の運転士になりたい!」

         

        その道はもう残されていないのか?そこで、私のような社会人を
        運転士として募集している鉄道会社はないか情報収集を始めました。
        EF63の教官さん達にJR関係の採用はないですかと質問させて頂いたり、
        インターネットで調べてみたり、ハローワークに通ってみたり…。

         

        でも、腰を上げるのが遅すぎました。いろいろな募集要項を見ても、常に
        年齢制限という大きな壁が立ちはだかっていたのです。対象が新卒や
        20代くらいまでの募集ばかりで、30代の自分では応募できない物ばかり。
        しばらく情報収集を続けましたが状況に変化はなく、とうとう
        「もう自分の年齢で運転士になれる募集が出ることはないだろう」と悟り、
        私は遅すぎた2回目の夢への挑戦の幕を下ろしたのです。(つづく)


        胸のエンジン再点火(その1)

        0

          おはようございます。ナベちゃん運転士です。

          以前の記事で、私ののめり込み体質が転職につながったと書かせて
          頂きました。そこで、今回はそのあたりを少し掘り下げて紹介させて
          頂きたいと思います。長くなりそうなので何回かに分けてお送りします。
          最後までおつきあい頂けたら幸いです。

           

          さて、国鉄の新規採用がなくなり運転士への夢を封印した自分でした。
          でも、第二志望の教職の道へ進んでからも、鉄道への情熱は失うことなく、
          撮り鉄や鉄道旅行などで趣味の探求は続けていたのです。
             

            20年前の勤務校のそばで撮った飯山線キハ52・28(58?)。運命的なものを感じます。

           

                     北海道旅行のひとこま。美瑛駅にて。

           

           
          しかし、約20年ほど前、自分の運転士への憧れを再燃させる、ある
          二つのものとの出会いが連続して起こりました。私の胸のエンジンに
          再び火をつけた二つのものとは一体何だったのでしょうか?

           

          一つ目は1997年の「電車でGO!」との出会いです。その出会いは、
          私がインベーダー時代からのゲーマーであったからこその必然でした。
          ゼビウスとかグラディウスとかダライアスとか熱中してましたし、
          ドライブのお供はアウトランのBGMでしたし、ゲームの体験談を
          アーケードゲーム専門誌ゲーメストのお便りコーナー、

          ゲーメストアイランドに投稿するなど、私にとってゲームは

          鉄道に負けず劣らずのめり込んでいた趣味の一つだったのです。
          (上記のゲーム名や雑誌名、分かる人いるかなあ?)

                     ゼビウス(一千万点達成しました)              アウトラン   

                       ゲーメスト           アイランド(ペンネームはGUUでした)

           

                            ゲーメスト誌発行の「電車でGO!」の攻略本

           

           

          運転士視点の美しいグラフィック、マスコンとブレーキレバーという
          未体験の操作系、レールの継ぎ目の振動を再現したボディソニック座席、
          迫力あるサウンド…ゲームセンターの片隅で初めて出会ったときの
          感動は忘れられません。車や飛行機のゲームは数ある中、電車の運転を
          シミュレートしたゲームなんて史上初だったからです。
          「これこそ自分が求め続けていたゲームだっ!」と驚喜乱舞したのは
          言うまでもありません。
            
          ゲームと鉄道という二つの趣味の橋渡しをしてくれる「電車でGO!」の登場に
          私はこれ以上ないほど胸をときめかせました。幼い頃から憧れ続けた
          電車の運転とはどういうものなのか、「電車でGO!」は擬似的であるにせよ
          私に初めて味わわせてくれたのです。夢が半ば実現したようなこのゲーム、
          「絶対上手くなりたい」とゲームセンターに入り浸り努力し続けました。

           

           ゲーメスト誌に「電車でGO!」が表彰された表彰式に参加し、クイズ大会で頂いたポスター

           


          その後もアーケードの続編から家庭用各種に至るまで数々の「電車でGO!」
          シリーズに傾倒した私。インターネットランキングや各種大会に挑戦したり、
          「電車でGO!」のイベント列車に当選して乗車してきたりと、思い出の枚挙には
          暇がありません。「電車でGO!」への情熱だったら誰にも負けない自信があります。

           

           とある大会で準優勝→http://game.watch.impress.co.jp/docs/20030210/taito.htm
           論文で賞を頂いたことも→https://www.famitsu.com/game/news/1189264_1124.html

           

                    パノラマエクスプレスアルプスで行く「電車でGO!」ツアーにも参加

           

           

          好きなものへとことんのめり込む性格が遺憾なく発揮され、このように
          「電車でGO!」にはまっていった私。そして「電車でGO!」は封印していた私の
          ”運転士になりたい熱”を激しく再燃させ始めていたのです。(つづく)


          鉄分が濃くなったわけ〜最終回かな?〜

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            うちのスタッフはみんな記事をまとめるのが上手いっすね・・・と改めて思うわけで

             

            私は10年も個人ブログ書いてますが・・・なかなか上手く行きませんけど・・・

             

            さて・・・続きを書きましょう

             

             

            夜勤のホテルフロントで

            鉄分補給ができるようになったことまでお話した前回

             

            それまでは何にハマっていたかと言えば・・・

            F1でした
            アイルトンセナの乗るホンダもよかったですが・・・
            この車LOTUS79が一番です。
            NO5・マリオ・アンドレッティとNO6・ロニー・ピーターソン
            今見ても美しい車です。
            話は元に戻して・・・
            関西近場の乗り鉄をしていましたが・・・
            さよなら0系のツアー募集を見て・・・
            無事当選して・・・
            やはり子供の頃からの0系ですし・・・

            満面の笑みですな・・・

            これを機に全国津々浦々を徘徊
            ある日、ひたちなか海浜鉄道を訪問
            いすみ鉄道の物販もあって・・・
            「すみません。運転士の2期生の募集はありますかねぇ?」と尋ねたのは記憶にあります。
            その時の物販は1期生のお2人だったのははっきり覚えております。
            残念ながら2期生の募集は気が付けば終了していて・・・(泣)
            東日本大震災の起こった日にホテルを退職して
            1年の鉄道徘徊生活を経て・・・
            3期生に応募したわけです。
            そして現在に至る訳で・・・


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